いきがかりステーキ

水戸の「いきなりステーキ」を偵察。夜ごはんをいただくつもりでした。店前に待つ人はおらず、今日こそ食べられるぞ!と店内に近づきますと、店の一枚の扉に5人グループ。さらに店内の通路に十数人おり総勢20人待ち。

お腹が空いていたのでて並ばずラーメン屋に行きました。

家屋の解体と百貨店の撤退

近所の空き家が次々と解体中。固定資産税を6倍にして、どんどん壊させる作戦がたしか4月からはじまり、払うお金を惜しんで大家の皆様がぶっ壊しております。本当に所有者自身が壊している現場もあり、プロにしては手際が悪くいつまで経っても半壊のまま残っている建物を見つけました。2階建て木造モルタル。重機なら3日で倒せるのですが、一ヶ月ほどずっと壊し続けています。解体した木材はトラックに積んで水戸市小吹の処理場に降ろしているのでしょう。私も以前物置を解体したときに1度運んだことがあります。

解体した跡地のおよそ半分はそのまま空き地になります。もう半分の立地がよい場所は地鎮祭が行われて謎の住宅看板が立ちます。ただ、どこの現場でも家が建っているのは見て無ません。なもので、空き地ばかりが増えてます。

衝撃的だったのは水戸駅北口から徒歩三分ほどの銀杏坂の雑居ビルの解体です。郵便局側にある狭い土地に建てたビルのひとつが破砕されてました。駅近くで場所は悪くないように思いますが、水戸駅自体がはんぶん息してない状態で、北口と南口なら南口のほうが元気です。私が子供の頃は北口は大人の世界でした。

ダイエー、西武系の西友が撤退し、県庁移転がとどめを刺しました。人の流れは変ってしまい、丸井の売上げがピーク時の1/6まで落ちたそうです。そして丸井も水戸から手を引く。

百貨店の洋服に乗っていたお金がものすごく法外だったのでしょう。私は水戸の丸井で洋服を買うようなオシャレな人ではありません。「まるい」と書くと「東京マルイ」と変換されるくらいですから、水戸丸井には用事が無くて、本屋でなにか買ったような記憶もないしその気になれば入店回数を数えられるくらい縁のないお店でした。あたらしくなにか作るにしても人の流れを作らねばなりません。水戸のナンバースクールといくつかの私立高校があって、たしかに企業の本社も多くて人はいますけれど、居心地がいいとは思えませんからこの先商業施設ができて発展するような予感がこれっぽっちもありません。もうこれは宇都宮にならって路面電車でも弾き直すしかなさそうです。

水府流

テレビをなんとなくみてたらポーランド人が古式泳法で泳いでました。日本に来て泳法をならって、最後水戸の温水プールで術の見学までしてます。

水府流は古式泳法のひとつの流派です。

慶応大の水府流についての資料がでてきました。明治35年に水泳部をはじめたときに、指導員二人が水府流だって。

日比谷高校の日本泳法部がどこ由来かは分らないけれど、あれだけ歴史があって武家の子やらがたくさんいたであろう高校ですから。またすごい場所にあります。

両舎ともいいとこの子が集りますから、武家のたしなみとして習ったみたい。

ちなみに私も水府流が泳げます。

慶応も日比谷も通ってませんけど、泳げます。そう学校で習った。私が生まれ育った水戸の下町は水戸城下のお堀やら川が入り組んでいて、年の頃なら寺子屋、尋常小学校の子が遊んでるとあたりまえのように川に落ちておぼれます。いつのころからはじめたのか分りかねますが、だれかが思いついたのです。そうだ!子供に泳ぎを教えれば川に落ちてもおぼれないと。そういう流れで、水戸の下町では川に落ちそうなそそっかしい子に武術のひとつである古式泳法を教えだしました。那珂川に水練場がありますし、顔見知りおじいちゃんが師範であるとか、わりとみじかなところに古式泳法があります。そんな環境でしたから、昭和の後半は公立小学校でも余技として教えてくれまして、ワタクシもうっかり泳げます。

本式の泳法ですとひとかき三メートルぐらいすすみますが、私はせいぜい一メートルいくかどうか。それでも浮力のでる海で使うとなかなか便利な泳ぎ方です。波を縦に突っ切っても顔が上向きですから息もできますし、いいことづくめ。早く泳げないけど。高校での水泳で「自由に泳いで良いぞ」といわれて横泳ぎをしたのは私だけでしたので、全水戸的にやったわけでも茨城県全域で教えたわけではなく、おっちょこちょいの多い下町特有の教育だったと考えられます。

講道館柔道(水府流太田派)と戸塚派揚心流(向井流水法)との因縁の関係
うわあ、めんどうくさそ。

中に入れる道が無い

友人と作戦会議。週末の水戸漫遊マラソンの包囲網をどうやってくぐるか。回避ルートをさがしました。私の行かねばならぬ場所がちょうどマラソンコースに囲まれてしまって、時間とランナーの人数を考慮に入れると、ぜったいにコースは横切れません。そこで感が得られるルートは、2箇所の歩道橋。もうひとつは国道の立体交差をむりやり自転車でくぐる方法。

水戸黄門漫遊マラソン

歩道橋は封鎖される可能性が高く、仮に通れたとしても上に人がたむろっている可能性が高く、うまく警備員が配置され、交通ルートとして生きていることを期待します。 

湖畔を通って行けるんじゃない仮説もありましたけど、いま写真をみたらダメ。
交通規制 | 水戸黄門漫遊マラソン

A案 歩道橋を使って東から西に抜ける
B案 ふだん入らない立体交差の下を無理やり自転車でくぐる

歩道橋は渡った後、沿道に人が沢山いると動きが取れません。歩道橋から先に進むために使うつもりのルートはマラソンコースになっています。10時から封鎖なので、その前は進めそうです。歩道橋経由、マラソンコースを抜ける方法がA。

Bは、国道の立体交差で、ふだんなら絶対入らない場所です。自動車との速度差、上りの距離を考慮に入れると、速い自転車が必要です。かといってリカンベント通勤はしたくないので、はて、どうしましょう。とにかく包囲網の中に入る道が無い。

最終手段は自転車

結局防湿庫は電気のがよさそう。

積み残しのデータをひとつ抱えてますが、無かったことにしたい。

台風の降雨があとからじわじわとあつまり、大阪の川があふれているらしい。在京キー局でニュースにならないけれど、地下道がまるまる沈んだりしてます。

今週末はマラソン大会があって、関係ないと思っていたのですが、コースの先に行かねばならない用事があって、はたして行けるかどうか。ダメなら自転車投入。