USBフットペダルスイッチ のバネカット

バネを一巻き半カット

フットスイッチのバネがきつくて使いにくい。分解してバネを切ります。

軸が手前にあります。背面のプラスネジを抜いて軸の戒めを解き、横に引き抜きます。私はドライバーで押してペンチで引き抜きました。

中にバネがありますので切ります。焼きの甘い鋼材なので、丸みを取って伸ばして切りましょう。切りたい場所にラジオペンチのカッター部分やニッパーの刃でキズを入れます。さすがに鋼なのでそのまま切れませんから、付けた傷を狙って折り曲げて、金属疲労を使って破断させます。

一巻ききって様子を見るのが常識的対応ですが、どうせこんなの物置のジャンク箱に入ってるバネで代用できるから、半巻多めに切りました。

組み直して完成。これでもう足が疲れません。

フットペダルさえあれば

ついに年末大晦日になった。新しい年に、あたらしい何か。何にも思いつかない。

年末になると急に買物をはじめる人が居ますけれど独り者としましては別に新たに買う物がない。エンターキーの位置が変って気に入らないのでテンキーを持ってきてスペースの下に置いてエンターキーだけ使う作戦を実行せんとジャンク箱をあさりに行きましたが、生憎PS2のふるいのばかり。もうこれはフットペダルに頼るべきか。

大晦日には何もしたくなし。正月も何もしたく無し。買物も行かないぞ。決意の現れ。寝てすごそう。この二ヶ月ぐらいなんとなく気ぜわしく過ごしてきたのでゆっくしようと思っております。

あとはフットペダルさえあれば最高。

年末ざわつく

物欲1

年末になって相変わらす寝不足。寝不足の原因はなにか毎日ろくでもない調べ物をしているから。同じフレームの自転車を2台持っている男ですから、微妙な違いにこだわるのです。性能が大して変らないのにも関わらず、あたらしいレンズがほしくなります。沢山のレンズがボクを呼んでいるよ。

物欲2

キーボードを変更しました。V字型にひらいたエルゴノミックキーボードから普通のに。仕事用を普通の、非エルゴにシテイタラ、まあそれはそれで使えたのでそれで良いじゃないかと。机も広く使えますし。ただひとつ以前使っていた変態改造キーボードはエンターキーが親指の直下、スペースキーの位置に物理的に設置していましたので、それが無くなったのが悲しい。

微妙にわざわざエンターを打たずに書き続けられる用になったので、確かにエンターキーがスペースキーの近くになくても平気ではありますが、ややチョット昔のクセが抜けなくてあったらいいなあとおもうのです。


毎度買おうかどうか悩むフットキー。無くなも平気。買おうと思う度に買いませんので、たぶんいらないんだ。

おたんこナースのお仕事

あたらしいwordpressのテーマに変更して、デフォルトで運用していましたが、全文が読めないと不便なので設定を直します。テーマの設定で全文表示のチェックボックスをオンにして作業終了。

こんな便利な道具をタダで使ってよいのか、世の中は不思議。使いにくい物が高い値段で売ってると思えば、更新されて良くなるソフトウェアがタダで使えます。

高くて使いにくい物ってなんでしょう。思いつくのは、まず自動車。最近FRで車高の高い乗物を転がしているので、ドライブはイヤではなくなってきました。元々苦手なのが、まあいいかなあと思える程度ではあります。

テレビは、中身のソフトが悲惨なほどダメなのに、見るのに時間がかかります。真相を知るためにコマーシャルを跨ぎ、箇条書きで三行ぐらいの話に五分かけたり、俳優様のステキなこの後のドラマのお知らせがあり、あんな叫んでるだけのセリフ回しのテレビ映画なんて誰が観るのかはなはだ疑問であります。あの叫ぶ演技はいつからなのでしょうか。

織田裕二は叫んでます。佐藤浩市も叫んでそう。映画が衰退してテレビの時代になって、テレビが完全にテレビになって演出家が居なくなって、さてドラマを作ろうと思ったら叫ぶしかないという、演出の放棄だと思ってます。それがいつどの時点でこうなったのかというと、1996年あたりではないかと。他人のネタを使うことに、90年代前半は多少後ろめたさがあったと思うのですが、95年あたりから顔の皮膚組織が厚くなったようで。

『おたんこナース』のドラマ化を原作者が断ったら
吉田豪情報。

asahi.com(朝日新聞社):「脚本家名ない」作家協会が抗議 映画「アマルフィ」 – 映画 – 映画・音楽・芸能

あの組織の体質でしょうか。

自動車のデザインも昔からどこかの贋物が横行してますし。昨日みたAZ-1はもう作れないのかも。

おたんこナースのお仕事は、原案をもらってきて、立ち上げたことは評価すべきかもしれませんが、原作に断られたときの身の処し方としては、あんまり上手くはありませんね。

ナースの話を見てナースの話を作るよりも、ちょっと工夫すればまた違うものができたのに、当時のテレビマンはもう先にやることを決めてしまって、そこから原作に相談に行くのは変な話です。

マンガを読んでテレビドラマになるだろうと思うのは、今の時代当然なのでしょう。コンテもカットも筋も決ってますから、作るのは楽。それが面白くなるかはまた別のお話で、あれきっと、テレビの人たちはマンガの人を下に見てるのではないでしょうか。

原作に降られるという悪手は、きっとテレビの中のエライ人が「ドラマ化すると言えば原作はかならずなびくだろう」という思い込みがあったからで、そう思うのはテレビのほうがエライからという、曖昧な根拠です。たぶん中の人にとってテレビの偉さは明確なのでしょう。

テレビの偉さとは、そこに動いているお金の嵩で表現されますから、1995年あたりの景気が悪くなり始めた頃でも、金はあったわけです。

一方マンガの原作者もお金は在りますから、変なドラマ化を断るくらいの甲斐性がありまして、そこが、テレビの偉い人の想像の埒外にあった。最大の問題は、断られた後でも懲りずにドラマ化してしまった、そのテレビマンの熱意というか適当な感じが怖いですね。

ドラマをみていない私が22年経って、へんな話だなと覚えています。企業イメージも悪いし関わった人の印象もよくない。

同じコトが球団を持っているIT企業(楽天じゃないよ)による医療サイトのしくじりに良く似ています。お金があって傲慢になると、時代が変っても人間やることは一緒なのです。

たぶん今の若い子は22年後にこう思うのです。ああ、あの野球チームを持っている会社は、デジタル万引きのマネをしたぞと。

両社とも自力で物を作れないのに仕事として作っているフリをしなくてはならなくなったゆえの不始末。 出来ない物はできないと言えばいいし、出来ないところからはじめればいいのに、他人のなにかをかっぱらってきて出来るフリをしていては未来がありません。

たしかに高度経済成長のころの製品は海外製をマネして国内市場に投げれば儲かってましたから、あのころからマネだったのではありますが、いよいよマネが利かなくなったら楽しいとおもって新規にはじめればよいのに、まだどこかになにか落ちていないかと狙っているような人ならば、創造的な仕事ではなくてもっとその才能を生かしてサービス業に行くとか気持ちを切替えて頑張っていただきたいと願っております。

wordpressのテーマ交換作業が楽になる

wordpressのテンプレートを変更

見た目がより簡素に。いつもは英語版を入れてますが今回は日本語対応です。

Write WordPressテーマ | Themehaus

できの良いテーマは、使っている内にある日突然有料になることがあります。だからそのときはまた違うテーマに乗り換えますけどね。だいたい5000円くらいで、知らないうちに有料化するんです。気が付かないので払いようがなくて。連絡があればその時点で切替えますけど、べつに登録もしてないし気まぐれで数年後とに入れ替えているので、このテーマがこのまま無料であったらいいなと願いつつ。

なぜテーマを変えるのか

以前使っていたSimple Themesの「スケルトン」に、hentry中のupdateが無くて、あるものに切替えたかったから。マイクロフォーマットというwebの規格にあわせてクラス名を一部手動でいれました。

そのまま手動でupdateというタグをwordpressテーマの編集にて挟み込めば済むはずでした。しかし、phpのなかのタグを書き換えてみたけれど思うように書き換わらなくて、それならとテーマ自体を変えたのです。

wordpressの関数にかかっているspanタグで作ったclass指定ですから、1箇所書き換えればそのまま変るはずと思うでしょう?しかし、テーマをどう作っているのかによって、たとえばpage.phpというファイルと、index.phpというページのそれぞれに日付指定がついていて、どちらも直さないと直らないことがあります。

思うようにならないこと

共通ページを1つにするか、それともインデックス、カテゴリー一覧、投稿ページのテンプレートごとに日付を書いているのか、それは作った人の気分次第で、知らない外国のコードを書く人がどんなふうに決めているかは、結構膨大なファイルに目を通さないと見えてきません。だからテーマごと入れ替えた方が簡単に目的が果たせるのです。

テーマの変更が楽になった理由

以前は、テーマを切替えるごとにプラグインのコードを差し込み直す手間が増えたり、アクセス解析のコードを差し込みなおしたりと手間がかかりましたけれど、wordpressも4.7ともなると、根幹の部分と枝葉の部分が独立して単純に見た目の差し替えだけで作業が完了します。