手書き看板の衰退

各種印刷ゴム印
各種印刷ゴム印

名刺や年賀状の印刷で生計が立った時代がありました。私が子供の頃は活版の印刷屋さんが街に何軒もあったころ。小学校に行く途中の印刷屋さんはいつも戸が開いていて外から壁一面に鉛色の活字が見えました。

画像ソフトの隆盛

いつのまにか廃業して、そのうち取り壊して今はつまらないアパートの駐車場となりました。職業というものは30年もてば御の字。いまはもうドッグイヤーどころかネズミイヤーのような勢いで職業自体が入れ替わっていきます。印刷はDTPに取って代わりました。手書きの看板屋さんも壊滅していまはきれいなフォントで印刷したものばかりふえました。

古い商店街はたくさんの手書き看板が古いまま残っています。レタリングという技術の名残が見て取れます。代替りしたら、きっとすべての看板は出力になり手書きの風情なんてものはなくなることでしょう。

出力にも技術があるのは知っておりますが、あえて書きます。手仕事のほうが味があります。

カメラが画素数だけではないように

この写真を撮影したカメラも2000年の発売モデルですが、軽いのと吐き出す絵か気に入っているので使っています。カメラの画素数は写真とそれほど関係ないようにおもいます。

動画もカメラの性能の差だけではないように

スタビライザー動画も、いろいろい見た結果特定のカメラマンの映像が好きでそれ以外はそれ以外でした。不思議です。同じ道具なのに使い方がが宇とできあがるものに差があります。

言語かできない勝手な思い込みなのですが、写真の良し悪しと動画の良し悪しは存在します。

わずかな違い

その微妙なさじ加減の領域に「レタリング」があります。これはたしかにパソコンの画像ソフトのなかで幾らでも作れますが、手でつくったときとちょっとなにかがちがうのです。古い本も活版の本はすぐ分ります。とくに背表紙はDTP以前と以後は明確に違います。