頭のなかのグラビア

自分が大人になったなあと思う。情報を整理する能力は上がってます。状況を解釈して自分なりに理解することもできるようになりました。高校時代にこの能力をもっていたら、もうちょっと勉強したかもしれないけれど、高校生とのわたしといまのワタクシの違いは単純に知識量で、その知識は平成に入ってから発刊された本に得ておりますので昭和のときのわたしは、いまのワタクシと同じになることはきっとありません。

情報の整理は解釈で解釈とは、分解能力だと考えています。レンズで映せる細かさ。液晶の細密度合い。いかに細かい一点が表現できるかが、理解力ではないか。理解力とはいかに細かく説明が付けられるかが要で、ワタクシの場合は言葉を優先しております。

人によっては感覚だったり基準はそれぞれ。映像で解釈する人も居れば絵で理解したり図でどうにかするのでしょうけど、ワタクシは言葉です。言葉が基本にあり、そのうえに何かを載せていきます。だから言葉でハッキリしていないと他の表現手段に変えたときにボンヤリしてしまい、言葉さえハッキリしていれば、たとえば図に書き換えてもその図はハッキリとしています。最初から絵図で考えている人もいらっしゃるのでしょう。

自分の頭のちょっと上のところから俯瞰して自分が見えるような人は、冷静な大人なのだとおもいます。子供の時にこの感覚はなかった。

いまは、正確に書くと、出来事は映像で脳内で再生してます。映像は数秒とものすごく短いです。そこに言葉がつきます。言葉は心の声で明快ではなく、グラビアのポエムのように標準以下のちいさなポイントで指定されているので、読もうと思わないと読めません。

そうか、ワタクシの頭の中はグラビアで出来ているのか。