できれば補給部隊で

北朝鮮軍の兵士が亡命すれど撃たれて危篤。四駆で国境を越えようとして側溝にタイヤを落して、生身で走りきったけれど五発食らったらしい。距離が分らないけれど追いかけられてるときにフルオートで40発食らったら五発ぐらいは当たりますね。

仮に上手い具合に車を奪って韓国側に移動出来たとして、今度は韓国軍側から撃たれますから、どちらにしても撃たれます。国境警備隊の兵士は忠誠心が高いエリートだそうで、もし私が北の軍にいたら絶対配属されなそうな最前線です。

てっきり、撃たれたふりをして韓国側に紛れ込む高度なスパイ活動かと思いましたけれど、そういうわけではなくて普通に亡命。これがうまくいってもいかなくても、故郷に残した家族は収容所送り決定ですから罪な話です。北としては生きていられると困りますから必死ですね。今回の「不手際」で何人ぐらい粛正されるのでしょう。

亡命兵士を採用し人たちはいまごろびくびくしていると思います。うまく打ち倒した兵隊さんの武勲は、現金でしょうかはたまた食糧の現物支給でしょうか。

いちおう韓国側で倒れていたため、韓国軍が助けましたけれど、いやですね。そんなの。太助に行けと命令されるのがまず嫌。こっち側だから撃たれないと分っていても、ぜったい狙ってるでしょうし。きっと韓国軍で徴兵されても私はその最前線にはいられないと思うので、できれば補給部隊で道具の整備とか頑張ります。

家屋の解体と百貨店の撤退

近所の空き家が次々と解体中。固定資産税を6倍にして、どんどん壊させる作戦がたしか4月からはじまり、払うお金を惜しんで大家の皆様がぶっ壊しております。本当に所有者自身が壊している現場もあり、プロにしては手際が悪くいつまで経っても半壊のまま残っている建物を見つけました。2階建て木造モルタル。重機なら3日で倒せるのですが、一ヶ月ほどずっと壊し続けています。解体した木材はトラックに積んで水戸市小吹の処理場に降ろしているのでしょう。私も以前物置を解体したときに1度運んだことがあります。

解体した跡地のおよそ半分はそのまま空き地になります。もう半分の立地がよい場所は地鎮祭が行われて謎の住宅看板が立ちます。ただ、どこの現場でも家が建っているのは見て無ません。なもので、空き地ばかりが増えてます。

衝撃的だったのは水戸駅北口から徒歩三分ほどの銀杏坂の雑居ビルの解体です。郵便局側にある狭い土地に建てたビルのひとつが破砕されてました。駅近くで場所は悪くないように思いますが、水戸駅自体がはんぶん息してない状態で、北口と南口なら南口のほうが元気です。私が子供の頃は北口は大人の世界でした。

ダイエー、西武系の西友が撤退し、県庁移転がとどめを刺しました。人の流れは変ってしまい、丸井の売上げがピーク時の1/6まで落ちたそうです。そして丸井も水戸から手を引く。

百貨店の洋服に乗っていたお金がものすごく法外だったのでしょう。私は水戸の丸井で洋服を買うようなオシャレな人ではありません。「まるい」と書くと「東京マルイ」と変換されるくらいですから、水戸丸井には用事が無くて、本屋でなにか買ったような記憶もないしその気になれば入店回数を数えられるくらい縁のないお店でした。あたらしくなにか作るにしても人の流れを作らねばなりません。水戸のナンバースクールといくつかの私立高校があって、たしかに企業の本社も多くて人はいますけれど、居心地がいいとは思えませんからこの先商業施設ができて発展するような予感がこれっぽっちもありません。もうこれは宇都宮にならって路面電車でも弾き直すしかなさそうです。

写真を撮るときは背景も見よう

今日はサイクリングdeひたちなかでした。かなり早い時点で気が付いていたのに、申し込む段になって
「観光用だから遠くから来る人のために自重しよう」という謎理論のもと、うっかり申し込みどころか存在自体を忘れていたサイクリングイベントです。

きまぐれに前日のツールド小山に申し込みをして、あとでひたちなかを指摘されましたが、さすがに2日続けてサイクリングイベントにでるのもなあと思い、その時点ですでに締め切られてたはずですが結果申し込みせず。

お昼にホウトウを二人前食べようとして胃が縮んで一人前でダウン。友人が走ってるので写真を撮りに行くもコース図すらみてなくて、帰り道に反対方向にみつけてようやく写真をとりました。

写真を撮って気が付いたのは、私は背景をみていないこと。もうちょっと場所と状況をなんとかしないと。カメラのレンズもカメラボディも、性能自体はもう私の手にあまるほどふつうに写りますが、こと背景とライティングについて全く考えてくおらず、あとでみるとごちゃごちゃとした雑然たる写真が出来あります。

あとで同じときにだれか別な人が撮影した画像はイメージですを拝見しますと、まあ良く撮れてて。ただその差は素子サイズがフルサイズかAPS-Cかの差でも、使ってるレンズの値段でもなく、どうも撮影者の腕であることが漠として分って参りました。

次撮るときは背景と光に気をつけます。いや、ふつうは気をつけるのですが、私はドキュメンタリー出身というか、写ってるモノはしょうがないと思ってきたのと、あと機材工作出身で動画スタートで光りよりもモンタージュ理論のほうがよく分るくらい。いわゆるカメラマンではないというへそ曲がりな写真の入り方をしたので、言い訳はこのへんにして、これからは写真をちゃんと撮ります。

ツールドおやま2017

ツールド小山に参加してきました。水戸から小山は70㎞。高速道路が下館の手前までしかなくて、そこから先は宇都宮に北上するルートらしくて、一般道での走行が長くおもったより時間がかかります。

コースは平坦。ミニチョコパイのみ朝食で速度が出ず。最初のエイドで空気を補充。

ドーナツやらバナナを食べて補給しつつ走ります。軽微な交通事故その壱に遭遇。小山市の消防隊はオートバイを多用しています。東北道と国道4号を抱えていますから即応部隊として「赤バイ」がいるみたい。さらに1㎞先で今度はわりと派手な事故その弐。運転手とおぼしき女性が歩道でへたりこんでいます。こういうとき、素人はやることがありません。ちかくのガソリンスタンドの店員さんが心配して声をかけていました。ぶつかった瞬間に現場に居た人によると、速度超過の自損のようです。音を聞いていませんがぶつけて数分。

最終エイドで肉を食べそびれてて、あれはもしかするともしかして、ゼッケンのない人が併走していたのであのひとが食べたのかなと疑心暗鬼になってみたり。だいたい無くなるんです。2本食べちゃう人もいただろうし防ぐ手立てもないわけで。最後尾チームの女子が「どこに行っても嘘ばかりだ!」と嘆いていたのが可哀想。私は慣れてるので、うどんの汁がなくなり汁待ちになってもでんと構えておりました。

地元のサイクリング協会のオジサンが最後尾の後からせっつき回すので、そのプレッシャーから逃れるためにわりあい必死に走る羽目になり、ペースが速くて75キロコースといえどもなかなか疲れました。速度のだせるホイルの大きいリカンベントにするか、次回は55㎞コースに格下げしたい。

ゴール後サポートスタッフが伺うと、私の走る姿は楽に見えたそうです。たしかにハンドルを下げて椅子に座ってましたから楽に見えるのかもしれない。風向きによってはロードを抜ける程度には速度が出るときがありましたけれど、平地はその割に進まないし、向い風もペースがあわず単独走でしたし、どうにもこうにもロードの女子トレインには追い抜かされてました。最後驚くほどの横風が吹いててあれがもうちょっと進行方向よりの追い風気味になったら面白かったのですけれど。

小山に向う用意

5時におきて小山に向うのですが、北日本で発達した低気圧であめがふるらしく7時台に降る雨は移動中に浴びることにします。自転車の積み込みを雨が降る前の5時頃にして、6時にスタート。

本来自転車は予め積んでから寝るべきなのですが、今回は車を借り来てたため計画がややずれます。

走る距離は前回の猪苗代85キロから10キロダウンの75キロ。中級者コースです。どうみても田んぼだらけ川沿いの平地でしたので、猪苗代の中山峠越えのような苦行とは無縁の75キロの予定です。西風が強い予報がでていますが、まあこっちはリカンベントなのであんまり関係なくて、気楽です。

自転車を分解したので、シートと車体を忘れないこと、ヘルメットとゼッケンがあればあとは身ひとつで走れます。旗竿を忘れないこと。庭を掃除したら夏の間朝顔の支柱に立ててた篠棒がでてきたので、だいぶん日光と風雨でボロボロですがそのまま使うことにします。固定方法はノープラン。いちおう細いタイラップと引き裂いた布、ほそい麻紐を用意してあるので現地でどうにかします。