バク薬担当は即戦力

昭和事件簿

同じ話を繰返し見てしまう。TBSのドキュメンタリーを観ていたら、連合赤軍がでてきて、三菱重工を吹き飛ばした「狼」のばくはつ係をハイジャックで召還して、つぎのハイジャック犯として活用してるのを見て

企業の仰る「即戦力」とは、このことかと腑に落ちました。

いろいろ説明が必要なのですが、誰向けに説明しましょうか。戦後犯罪史に詳しくない、そんなあなたのために簡単に補足しますと

どうして連合なのか

連合赤軍はなぜ連合なのか。学生運動の末期に、それぞれバラバラに活動していたデモを主導したり、武装闘争をする組織が集ったので「連合」です。赤軍は共産主義のアカです。なぜ共産主義が生まれたかというと、ひとつは資本主義の急進による貧富の差の拡大、戦後復興で富めない者が増えたからと考えるのが昭和の後半生まれの想像であります。

実際には第二次世界大戦反動ではないか。あのとき日本の国体がそのままのこったこと、大日本帝国を民主化したことに不満がある人たちが引きつけられた思想が共産主義であった。なぜ共産主義に人気があったのかというと、ここは想像ですがほかに主義思想が無かったから、手っとり早く考える手段としてマルクスが流行ったのだと考えております。当時を生きた人からは異論もあるでしょうけれど、私にはそう見えるということで。

反動の反対側に何があるのだろう

敗戦で財閥解体農地解放を経ても、それでも大学生からすれば平等とはほど遠く貧乏が残っていることに不満がある。そこで、弱い者、たとえば成田空港の用地に畑を持っている農家の味方になって空港の管制塔を占拠したのが学生運動の一端で。

国際空港が気に入らなかった。なぜなら、体制の権力側の都合で無理強いするのは良くないぜと言う正義に反するから。権力に支配されたくない人は、いつでも居ます。慣れた人にはちいさなコトでも慣れない人にとって支配は辛く感じます。

支配、言い換えると日本の封建主義がイヤだって言う人たちはそれなりに居て、支配からの開放という夢を追った学生が一定数居たので学生運動が成立したのでした。

学生は理想を追って闘争して機動隊に石を投げるうちに、ひとりずつ熱狂が覚めて運動が下火に。実際に私が学生のころ、直接本人から聞いた話でいうと「日大の連中はボンヤリしていて逃げそびれたから安田講堂に立てこもる羽目に」なった。「府中三億円事件を口実に中央線沿線を公安警察がしらみつぶしにローラー作戦をかけたらアジトが減ったでござる」。「本棚に赤い本があるとマークされた」らしい。その赤い本が色の赤さなのか中身の赤さなのか。たぶん両方。外の赤い本は中も赤い。

末期の学生運動は主義主張が違う隣の組織の構成員を捕まえて殴ったりしているうちに人が減って、仕方なく連合赤軍となりました。せっかく仲間をふやしたのに榛名山山岳ベースでリンチに掛けて仲間を埋めてて減らしています。アットホームな雰囲気です。

最終的なオチの無い人たちでしたので、やってることは稚拙で、本当に共産主義革命が起きると思ってて、革命だから武装闘争だろうというくらい、昭和の中頃は戦争帰りも元気で暴力のニオイに満ちていた。

「狼」は連合に入っていませんがこちらもそれなりの主義があり、最初は電車の鉄橋を狙った火薬を転用して、自衛隊の武器装備のライセンス生産をしていた三菱重工は悪い会社だと言い張って爆破してます。

そのあたりの、どうしてこの結果になるのか、理由の部分はあんまり説明されません。合法的に殴る法はありませんが、殴りたいが先にあると、殴るためになにかもっともらしい理由が必要になります。昭和の中頃に、無理はありますが殴る理由を見つけて、過度に信じて行動に移したのが学生運動と解釈しております。

なにかはなにか

当時の学生は国家権力や、今よりずっと強かった自民党とか、戦争をおっぱじめたのにぜんぜん責任を取らない大人に怒っていたのですが、彼らの怒りは2017年の今から想像するのは難しい。

想像しても始まらないので、私にできる手段は戦後文学をちょっとずつ眺めるくらいなんですが、するとそこに「貧乏」を見つかります。社会の仕組のなかで直らない貧乏があり、いまよりずっと不自由な「なにか」があった。

人が練り歩いて棒を振り回す過去の映像はテレビの上で派手に写るけれど、そこには写らない「なにか」があったと理解すべき。「なにか」があると思ってみないと、あの運動の正体は見えてきません。

連合赤軍の正体は見なくてもだいたい想像がつくんで、見ません。見なくても分るんです。いま求人に「即戦力募集」と書く企業と中身は一緒ですよ。山岳ベースでリンチしてるときでも「アットホームな雰囲気です」と広告は出せます。

我が社には「あなたの情熱」が必要ですって言うんです。それが「なにか」の正体。

工作好き