虎ノ門とドリー

昨日見たテレビの話を1日おいて書くのもどうかしてますけど。ラッパーのいとうせいこうさんと神田松之丞(@kanda_bou)さん | Twitterの対談がおもしろかった。

中高時代にいとうさんがむりやり理系に行って公式が覚えられなかった話。私も高校時分にたような気分でした。あの公式というものがアタマに入らない感覚は今思い出してもいやなものです。理科系の、物理が零点を取る気分は、夜中にうなされるような夢こそ見ませんけど、ちいさな擦り傷のように時々凍みるように思い出します。いとうさんがテレビ朝日の「虎ノ門」収録時に薬を飲んでた話もひどい。

対談相手である講談師神田松之丞さんが師匠に稽古を付けてもらうときに、女っぽくしゃべりすぎてるのを直されてました。芸者が二人きりで船頭を口説くシーンなのですが、私もそこでコノ人、女を出し過ぎてるなあ、二人きりなら女という社会の上での属性は捨てて、人として話してるはずだから、もっと自然な場合によっては普段と違う話し方になっても良いくらいだなあとみていたら、師匠も似たようなことを仰ってて、ただ、その伝え方は本人が気づく余裕を残して教えてて、徒弟制の強さを理解しました。

そのあとS玉で起きたM崎事件のドラマをちょっと見たら、最後のシーンで捜査員の周りを一周ぐるりとしてて、あんまり安定してるからレールかなあ、ステディカムかなあと気になって。あの予算規模ならドリー。手持ちであんなにきれいに停まれるものでしょうか。完璧に調整して挑めばあのくらい出来るのかもしれないけれど、私が監督なら、失敗の恐れがすくないレールを敷きます。まあ、その前にあの話をドラマにしたくないけど。

せめて小五に

夜なんとなくかかっていたテレビで、踊れない人を笑う企画があって、できないことをあざ笑う企画というのが通るテレビは、もうべつにどうにでもなれと思うのであります。テレビドラマはもう、小学三年生が分るように作らないとダメらしく、そうね、小学三年生の教室なら変な動きの同級生をあざ笑うのかもしれない。でもそんな笑いは粋じぁない。せめて小五ぐらいまで対象年齢を上げていただけないでしょうか。 続きを読む →

ドリームハウス

完成ドリームハウスを寝ながらみてて、気が付いたら最後、土地建物で5000万円也。聖跡桜ヶ丘のどの辺だろう?高圧線が見えたので記憶を頼りになんとなく場所を想像してみたけれど、4年住んでたけれど、そもそも高圧線の場所なんて覚えてないのでした。多摩川のどこを越えているのかも分らないぐらいに記憶が飛んでいます。

そこで、Googleマップで探せばよいのですが、別にあの場所がどこかはどうでも良くて、それよりも50000000円ですよ五千万。

それだけ出せるなら、駅のタワーマンションを買えばいいのに。耳をすませばの崖と、乞田川の近くで、もうあのへん中古なら結構良い屋敷が買えるのではないかなと。このさきどんどん土地の値段は下がるばかりで、いくら新宿まで25分ぐらいとはいえ、五千万かあ。

京王電鉄京王線 聖蹟桜ヶ丘駅の中古マンション購入 | 三井のリハウス
なんか高い。連光寺の中古が4500万って、なにか間違ってない?

テレビ番組のBGM

今月のテレビはがちゃがちゃしているのでコタツで寝ながら音だけ聞いていると、だいたいエウレカセブン、およびエウレカセブンAOと、コードギアスの曲ばっかり。

映像を作る制作会社が同じなのか。安ディレクター兼カメラがハンディカムでお手軽に素人に密着。もしくは安く使えるタレントとお散歩したりバスに乗ったり海外に日本人を探しに行く番組。特定の下請けで作るから編集する人も同じなのだ。

もうひとつ、同じ曲ばかりかかる仮説としては、楽曲の使用料が安い可能性あり。コードギアスはソニーのオタク向け部門MusicRay'nです。エウレカはアニプレックス。安くはないなあ。テレビの楽曲使用料は、定額だったり従量制で番組全編同じ曲ではなく、後半になるとなんだかしらない(私が知らないだけの)曲にすり替わるので、ギアスもエウレカもお金はかかっているのでしょう。

曲を付ける担当が三十くらいか。吉木りさがロボットアニメ特集に出たときギアス押しだったから、観てた世代が編集室におるのでしょう。

ロードムービーのようなタレント随伴番組では、新ルパンやら特攻野郎Aチームを使うので年齢が高いの。わたしと同じ四十くらいが曲をつける編集室にいる。三十の若手と四十が両方いると考えよう。

テレビのBGMは、ガオガイガーが席巻した説もございます。田中公平先生の膨大な作品リストを拝見すると、きっと使ってるのでしょう。リストをみても、生憎私はエスパー魔美しかみてない。

田中先生がアニメ畑を掘り起こしていたころアニメと疎遠な「大人」でした。サクラ大戦はぜんぜん触れていなくて。じゃあ、「どうしてエウレカはわかるのかとコードギアスは知っているのだ」と問われれば、それは「大人になりすぎだ」と申し上げるよりほかございません。

大人も過ぎて、私はなぜか2007年ごろ急にアニメに帰ってきました。やったことといえばサンライズ作品の一気観。カーボーイビバップ、攻殻機動隊、ターンエー、ゲイナーを見直し。若手は長井龍雪すごい。しばらく観てましたけれど、いまはなんだか息切れ。ゼータとダブルゼータは別にいいかなあ、でもGガンダムは宿題。ウテナも観とかないと行けない気がしてきました。

おたんこナースのお仕事

あたらしいwordpressのテーマに変更して、デフォルトで運用していましたが、全文が読めないと不便なので設定を直します。テーマの設定で全文表示のチェックボックスをオンにして作業終了。

こんな便利な道具をタダで使ってよいのか、世の中は不思議。使いにくい物が高い値段で売ってると思えば、更新されて良くなるソフトウェアがタダで使えます。

高くて使いにくい物ってなんでしょう。思いつくのは、まず自動車。最近FRで車高の高い乗物を転がしているので、ドライブはイヤではなくなってきました。元々苦手なのが、まあいいかなあと思える程度ではあります。

テレビは、中身のソフトが悲惨なほどダメなのに、見るのに時間がかかります。真相を知るためにコマーシャルを跨ぎ、箇条書きで三行ぐらいの話に五分かけたり、俳優様のステキなこの後のドラマのお知らせがあり、あんな叫んでるだけのセリフ回しのテレビ映画なんて誰が観るのかはなはだ疑問であります。あの叫ぶ演技はいつからなのでしょうか。

織田裕二は叫んでます。佐藤浩市も叫んでそう。映画が衰退してテレビの時代になって、テレビが完全にテレビになって演出家が居なくなって、さてドラマを作ろうと思ったら叫ぶしかないという、演出の放棄だと思ってます。それがいつどの時点でこうなったのかというと、1996年あたりではないかと。他人のネタを使うことに、90年代前半は多少後ろめたさがあったと思うのですが、95年あたりから顔の皮膚組織が厚くなったようで。

『おたんこナース』のドラマ化を原作者が断ったら
吉田豪情報。

asahi.com(朝日新聞社):「脚本家名ない」作家協会が抗議 映画「アマルフィ」 – 映画 – 映画・音楽・芸能

あの組織の体質でしょうか。

自動車のデザインも昔からどこかの贋物が横行してますし。昨日みたAZ-1はもう作れないのかも。

おたんこナースのお仕事は、原案をもらってきて、立ち上げたことは評価すべきかもしれませんが、原作に断られたときの身の処し方としては、あんまり上手くはありませんね。

ナースの話を見てナースの話を作るよりも、ちょっと工夫すればまた違うものができたのに、当時のテレビマンはもう先にやることを決めてしまって、そこから原作に相談に行くのは変な話です。

マンガを読んでテレビドラマになるだろうと思うのは、今の時代当然なのでしょう。コンテもカットも筋も決ってますから、作るのは楽。それが面白くなるかはまた別のお話で、あれきっと、テレビの人たちはマンガの人を下に見てるのではないでしょうか。

原作に降られるという悪手は、きっとテレビの中のエライ人が「ドラマ化すると言えば原作はかならずなびくだろう」という思い込みがあったからで、そう思うのはテレビのほうがエライからという、曖昧な根拠です。たぶん中の人にとってテレビの偉さは明確なのでしょう。

テレビの偉さとは、そこに動いているお金の嵩で表現されますから、1995年あたりの景気が悪くなり始めた頃でも、金はあったわけです。

一方マンガの原作者もお金は在りますから、変なドラマ化を断るくらいの甲斐性がありまして、そこが、テレビの偉い人の想像の埒外にあった。最大の問題は、断られた後でも懲りずにドラマ化してしまった、そのテレビマンの熱意というか適当な感じが怖いですね。

ドラマをみていない私が22年経って、へんな話だなと覚えています。企業イメージも悪いし関わった人の印象もよくない。

同じコトが球団を持っているIT企業(楽天じゃないよ)による医療サイトのしくじりに良く似ています。お金があって傲慢になると、時代が変っても人間やることは一緒なのです。

たぶん今の若い子は22年後にこう思うのです。ああ、あの野球チームを持っている会社は、デジタル万引きのマネをしたぞと。

両社とも自力で物を作れないのに仕事として作っているフリをしなくてはならなくなったゆえの不始末。 出来ない物はできないと言えばいいし、出来ないところからはじめればいいのに、他人のなにかをかっぱらってきて出来るフリをしていては未来がありません。

たしかに高度経済成長のころの製品は海外製をマネして国内市場に投げれば儲かってましたから、あのころからマネだったのではありますが、いよいよマネが利かなくなったら楽しいとおもって新規にはじめればよいのに、まだどこかになにか落ちていないかと狙っているような人ならば、創造的な仕事ではなくてもっとその才能を生かしてサービス業に行くとか気持ちを切替えて頑張っていただきたいと願っております。