テレビの縦横比と隠密剣士

実家のテレビで月光仮面の話を観ていた。武田鉄矢と吉田照美が盛り上がる。上の世代のことだか、話半分でみていたけれどとても良い番組。月光仮面の制作者として「西村俊一」なる人物。

見たことのある名前。そう、水戸黄門、大岡越前のプロデューサー。
西村俊一 – Wikipedia

月光仮面以降の同じ制作者が作ったテレビ時代劇「隠密剣士」が紹介される。第一部は西部劇風、後半忍者。そこには4:3のテレビ画面を目一杯使ったアクションが写っていた。カメラワーク、カットの割り方が後のTBS時代劇に継承されたか。見たこと無いのに良く似た人。突然先祖に会った気分。

ズームのヨリから引きで状況を説明する方法や、斬り合いでの画面切替は「テレビの時代劇」で良く見てた映像手法です。現代の4Kの16:9の枠じゃないとなにも表現出来ないと思うのは間違い。カメラの性能も画面の縦横比も実はあまり関係ない。大事なのは作り手の勢いだ。

薬莢が飛んでいく

国営放送スペシャルで、けいしチョー長官そ撃事件の再現CGがひどい。また薬莢が空中を進んでいました。正しくは弾頭のみ飛ぶのです。

リボルバーならリムドの薬莢で飛び出ることはありません。しかしCGで飛んでいったのはリムドの薬莢。あれもしかしたら発注で「薬莢も飛ばすように」って発注指示があるのでしょう。放映までに時間があるしだれかが気が付いて直しそうなものですが、なぜあれが放映前に許可が降りたのでしょう?

薬莢と弾頭は別で分離するものと本当に気が付かない人たちが作ってると考えることにします。

そんな鈍感な奴らが作ったものは面白くないので途中で見るための集中力を失いました。ついでに書くと昨日のメガクエークも微妙。国営トカナか。

薬莢が飛んでいくコンピューターグラフィックにみなさまの受信料は使われています。

出版社の書庫

ファミリーヒストリーで坂本龍一教授の父がでてました。河出書房の編集者。現在河出書房新社と新がついてます。河出は純文学中心の出版社で、地下室の書庫なんてたぶん二度とみないことでしょう。

ウルトラマン栄一

観ていたウルトラマンで世代が分かると申します。先日忘年会のときに年上の人が「レオ」を現在観てらっしゃると聞いてワタシハなんだろう?と思い返すと「タロウ」です。
ウルトラマンタロウ OP – YouTube
いつ見ても素晴らしい。なにをどのぐらいフレームの中で動かすかのお手本みたい。

円谷ではなくてサンライズですけど富野監督の本によると映像は見せる時間が決っている、CGやらあたらしいアニメーターが失敗するのはその時間を無視しているからだと書かれています。観客がみたい映像を見たい尺で流すことが大事であると仰ってます。

鈴木清順監督の晩年のインタビューも、観客に対して監督映画人は常にボーイ(給仕)であれと発言しています。

観たい物を見せて差し上げる。カメラを構えたとき、編集しているときにこの姿勢が保てるかどうか。まだできる自信はありません。自分で短い動画を作って才能の無さに絶望してみたりしてますけど、絶望したってできるようにはなりませんから諦めて地味に静止画から勉強し直そうとおもう今日このごろ。

ウルトラセブンの帰還
テレビがどうやって作られていたかの本はハズレなし。

先の正月にひとり温泉に向いました。カレーをいただいて、休憩所でボンヤリしていると家族連れが帰りしな子供になにか話しかけていました。

「栄一を忘れないで」

子供の名前でしょうか。聞くとはなしにみていると子供本人に注意しています。男の子は「えいちぃ」とつぶやいてこちらに歩いてきました。手元をみると左にキングジョー、右手にウルトラマン。ウルトラマンがエイティだったのです。

He came to us from a star

オジサンが君ぐらいのときに観ていたよエイティ。その後長谷川 初範さんを次にみたのは101回目のプロポーズで浅野温子の元彼で回想シーンに毎回ショパンの別れの曲が流れてました。

ああ私のエイティ。

虎ノ門とドリー

昨日見たテレビの話を1日おいて書くのもどうかしてますけど。ラッパーのいとうせいこうさんと神田松之丞(@kanda_bou)さん | Twitterの対談がおもしろかった。

中高時代にいとうさんがむりやり理系に行って公式が覚えられなかった話。私も高校時分にたような気分でした。あの公式というものがアタマに入らない感覚は今思い出してもいやなものです。理科系の、物理が零点を取る気分は、夜中にうなされるような夢こそ見ませんけど、ちいさな擦り傷のように時々凍みるように思い出します。いとうさんがテレビ朝日の「虎ノ門」収録時に薬を飲んでた話もひどい。

対談相手である講談師神田松之丞さんが師匠に稽古を付けてもらうときに、女っぽくしゃべりすぎてるのを直されてました。芸者が二人きりで船頭を口説くシーンなのですが、私もそこでコノ人、女を出し過ぎてるなあ、二人きりなら女という社会の上での属性は捨てて、人として話してるはずだから、もっと自然な場合によっては普段と違う話し方になっても良いくらいだなあとみていたら、師匠も似たようなことを仰ってて、ただ、その伝え方は本人が気づく余裕を残して教えてて、徒弟制の強さを理解しました。

そのあとS玉で起きたM崎事件のドラマをちょっと見たら、最後のシーンで捜査員の周りを一周ぐるりとしてて、あんまり安定してるからレールかなあ、ステディカムかなあと気になって。あの予算規模ならドリー。手持ちであんなにきれいに停まれるものでしょうか。完璧に調整して挑めばあのくらい出来るのかもしれないけれど、私が監督なら、失敗の恐れがすくないレールを敷きます。まあ、その前にあの話をドラマにしたくないけど。