友達100人できるかな

入学式の季節。おめかしした子供と保護者を見かけました。友達は多い方がいいと教わりました。目の前にある幼稚園の名前が気になります。少友幼稚園

ふとあの歌を思い出します。

1年生になったら(リフレイン)友達百人出来るかな?

疑問を投げかける大人に悪意はありません。出来るかな?と問いかつつ「オウ、おまえ友達100人つくるんだろ?」と脅迫じみて聞こえます。ええ、私が悪いんです。

「友達100人居るのは当然である」という歌に聞こえるのは被害妄想です。私はその幼稚園の前に立つまで友達は多い方が良いと思っていました。もしかすると、私はいまの今までこの詩に向き合ったことがないと気がつきました。義務教育の難点をここで解説する気はありませんが、なんてものは教科書で扱うべきものではありません。芸術は専門家に任せるべきです。国語教師が生んだのは作文が嫌いな生徒と作者と作品の名前をつなげるだけのメモリーチップばかりで詩を詩として読める人は隅っこに追いやりました。

教育は人をおもうように育てます。テストに最適化した子供は「友達100人と山に登ったら僕を含めて101人いるのではないか?」とちいさな齟齬を見つけて声高に叫びます。テストでちいさなことばかり考えさせられた人間の成れの果てです。ほんのすこし調べれば作者の幼少時代祖父と二人暮らしの寂しさから生まれた曲だとわかります。まど・みちお – Wikipedia

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