明日からの研修たのしみましょうね

おなじイジメの自殺の話を聞いても、滋賀県なら行政が悪いと思う。九州なら暴力沙汰だと想像し、東北の事件の場合は陰湿だったんだろうなあと心を痛める。

しかし、あの「連絡ノート」は尾木ママじゃないけどひどい。

「死ぬかもしれない」と書いた返事に「明日からの研修楽しみましょうね」はないぜ。

ふつうに接していたとして、ジョークで死にたいと言っていると思うかもしれない。死んじゃった人にどうして死んじゃったのですか?とは聴けないから、生きているこっちは毎回理由を想像するしかなくて、今回は突発的に電車に飛び込んだのだろうけれど、前振りはずーっとあって、担任をふくめて流してしまったのですね。

でもまあ、教員だって職業ですから。手を抜くときは抜くんです。ストレスフルな現代の教育現場には、このくらいサイコ野郎のほうがバランスはよいのかもしれない。

学校教育でできることは最大公約数でしかなくて、全部は見きれない。ときどきこうやってほころびがでるのです。ほころびは最小にとどめねばなりませんが、ほころびを見落とす人はいます。人の気持ちが分らないタイプがこれ。子供の心が分る人は児童心理学をもちださなくても人間がみえるのですけれど、見えない人は児童心理学の教本を紐解いて人の心をのぞこうとします。

心理学がはたして、どの程度科学的で蓄積があるのかしりませんが、人間同士で付き合おうと言うときにまず、わけのわからんフィルターで人をみるタイプの人は他人との間合いの取り方でしくじります。

ただ、そういう個人として若干難のある人ほど教員採用試験に通ったりします。なんなのあれ。

たぶんこの担任はたまたま不運が自分に当たったとおもって、自らの不運を呪うだけです。どうしてそうなったのか理解できない。死は死をもってしか償えないのですがただの職業ですから、そこまでの覚悟はしてない。

死ぬほど辛いかもしれないけれど親の前に出て説明せねばならない。それが職業人としての最低限の倫理だと思うのですが、その程度の倫理もないのです。児童心理学のテキストに何が書いてあるのか知りませんけど、標本として子供を観る前に、決めるべき覚悟はあったはずです。そういう覚悟のない人は人の人生に関わるべきではない。だってもう映像授業とか、任意出席でいいじゃない。

たのしみましょうの担任も、大川小の生き残りも逃げましたね。まあ、大人だから逃げても良いのか。責任なんて取りたくないし。ただの職業なのに、そこまでやってられません。

建築家 安藤忠雄
建築家のおじちゃんもイザ建てる委員会がはじまったら逃げて出席しないし。元ボクサーはリーチが長いから遠くから撃ってたのでしょうか。確かめる気はありませんけど。若い頃どんなボクシングスタイルだったのやら。すごく気になります。

唯一生存した男性教諭の報告に大きな矛盾!?大津波後の大川小生存者を見た夫妻の証言|大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ“真実”~|ダイヤモンド・オンライン
たぶん私は1人山に登って上から眺めていると思います。私みたいなひとを教員採用試験は通さないように、適確なフィルターをかけましょう。世の中にはひとを納得させるためなら平気で嘘をつく人間もいます。

不正採用のその後が気になります。
<大分教員採用汚職>矢野容疑者の長女、小学校教諭を退職 p_prince ブログ/ウェブリブログ

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