CGの爆発がゆるせないのはなんでだろう

爆発の合成がわかってしまう映画をみると萎えます。私はどうして爆発にこだわるのか?その理由が今夜わかりました。

こどもの時に「西部警察」を見ていたから偽の爆発がダメなんです。

ホンモノの爆発を良く見てた結果、いまの良くできた爆発はともかく2000年代初頭のCGや、今の予算がない映画の残念な爆発は許せません。単純に火薬の量がすくなくても構わなくて、要は光の加減と本気でモノを焼いているかどうかが大事。

西部警察は3シリーズありまして、シリーズ最終回の制作費はなんと驚くことに六億円なんだそうです。1984年の六億円ですから、いまならいくらなのでしょう。見ていると不安になるほどガソリンで火の玉を上げています。アニキが国会議員だから撮影許可も取りやすいね。もういちど国政に復帰して築地と豊洲を同時に吹き飛ばしてください。年間100億円無駄になるらしいので、火薬も10億円分ぐらいつかって派手にやりましょう。

1981年(昭和56年)- 弟の裕次郎が倒れた際に小笠原諸島から海上自衛隊飛行艇を呼び寄せて帰京し、公私混同として問題になる。燃料代は160万円かかっていた。

いまはカースタントなどせず自動車もCGで壊せますけど、走り出すときの挙動が微妙に違うので、いまはまだ実写とCGの区別がつきます。ただ、ホンダのハイブリットを見たらCGっぽい走り方をしていました。現実が映像に追いつき追い越すのかもしれません。