物は処分

家に建築資材がある。家族から引き継いだものだが、何の使い道もない。なぜ昭和前半の人間は物をため込むのだろう。

処分に困って幾年月。面倒くさいので顔見知りの家に押し付けることが私の中で決まった。そうと決まれば早い。押し付け先に電話をして、そこのトラックを借りる。家に帰って建築資材積み込む。これが重いし家の反対側に保管したから表に戻すのが大変。そして今日は暑い。日差しに照らされた金具にうっかり触れるとやけどする勢いである。

昼食をはさんで一時間半かけて積み込む。普段使わないラチェットベルトの使い方がわからない。熱中症の一歩手前で頭は回らない。ようやくラチェットの留め具のリリース方法を理解。

次いで軽トラのシャーシに金具をかける。手で探るとシャーシの裏側に配線があってうかつにフックがかけられない。最初の思い付きとは別の場所にフックをかけてラチェットを締めた。

室温が32度を超えていたが風通しの良い知人宅は湿度75パーセント。裏山を抜ける風があるからだろうか、はたまた私の感覚が熱で壊れたのか慣れたのか暑さはほどほどである。

年に一度か二度のマニュアル変速機付きトラックの運転はうまくいった。

近所のやる気のあんまりない古本屋がある。私の蔵書のうち、手離れの悪いものを引き取ってもらった。サンクコストというのだろうか、集めるのに手間をかけた本が処分できなかった。今年の猛暑と、年齢と、いくらかの諦めと老眼と、AIが発達したら読まない本は読まないし、この世に本があるならそのうち買いなおせるし。AIに相談事を投げるのを繰り返していたら処分に決まった。

部屋に物がたくさんある。捨ててもいいような、価値があるような謎なものは本以外にもあって、別のリサイクルショップにその手のガラクタを試しに押し付けてみた。値つけが重さであった。ガラクタと個人情報と引き換えに、1980年代のガチャガチャが一回回せる額の小銭をくれた。なかなか面白い。

届いたクローゼット用本棚を組み立てて押し込むと、やっと家の生かしておきたい蔵書がすべて棚に収まった。長かった。

もう、この先それほど本を買わないはず。