俺の知り合いが核を扱えるわけがない

原発の構造は知りません。
運用している組織は皆さん御存知のようにあんな感じです。
ベントのタイミングを逃したり電源が無くてもまあ、予想のうちです。
「しくじる」くらいが彼ららしい。
もっといえば、いかにも「日本的な組織」運用であります。

原発が吹き飛んで慌てている人がいます。
日本を代表する一流企業「東京電カ」を信じていた人達です。
信じるものに裏切られるとがっかりします。

信じるに足りる証拠は何処にも無いだろうと
福島が吹き飛んだ瞬間笑ってしまいました。

あーあ、やっちゃったって。

原発推進派が土地の収用で結構ひどい手を使ってきました。
それがいま全部ひっくりがえったのです。
その上、放射性物質で農業と水産業を破壊。
地域社会を壊滅にし、20キロ圏では身内の行方も探しにも行けなくしました。

はて、どうやってオトシマエを付けるのでしょう。
昔使った手は、もう使えません。
残った手段は金銭補償だけですかね。

別冊宝島 483 日本列島「臨界事故」危険度マップ これから起こる原発事故 
先に紹介した本には副題が付いています。
あなたの住む街は大丈夫ですか?
いいえ、ダメです。

【原子力は面倒だ】
住友金属鉱山 – Wikipedia
東海村のJCOが臨界したとき、10キロちょっとの場所にいました。
東海村周辺10キロ圏が封鎖され、屋内待避となりました。
今回とは違い中性子線を避けるので、家にいてもあまり意味はないのですが。

これから起こる原発事故には、東海村の話しもでてきます。
それが読みたくて、随分前に買いました。
日本的な保身と組織防衛が顕著な事例です。
責任の取れ無さ具合をみるにつけ、司法もアテにならないことがよく分かります。

あのとき、車の走っていない国道六号。
あんな風景はなかなか見られません。
道路封鎖はかんたんに抜けられる車止めしかないのに
臨界」の起きた二軒茶屋のほうには誰も行きません。
常磐線も止まってました。
自衛隊の勝田駐屯基地には防疫対策の車両が集まり異様な雰囲気でした。

【事故後】
東海村JCO事故から暫くすぎ、対応に当たったおじさんと立ち話をしました。
地方公共団体の職員さんは「あれはひどかった」(笑)とわたしに愚痴られてもねぇ。

全国の生産量の八割とも九割ともいわれる「干しいも業者」さんと
水産業全般、観光業が大打撃を食らいました。
暫くして、とあるホテル経営者に愚痴られました。

私は愚痴を聞く係なのでしょうか?

今回の東日本大震災はともかく、福島原発のおかげで相当な被害を被るでしょう。
よろしく東京電カ。

【もうダメかもしれんね】
大東亜戦争でしくじった理由と、今回自爆テロの本質は同じ場所にあります。
腹に爆弾を抱えた敵が、災害に乗じて核攻撃の図。

腹に爆弾といえば

まさか敵がこんな身近にいるとは思いつきませんでした。
洒落で核テロのシミレーションを幾らか考えてましたが
現実は私の想像などアッサリと飛び越してゆきます。

【日本男児とはいかなるものか】
私が高校生の時、プルトニウム運搬船「あかつき丸」が東海村に着岸しました。
サイクリングがてら観に行きました。

たぶんヒマだったんです。

安い双眼鏡でフェンス越しに積み卸しの様子を見てました。
核物質ですから警備は厳重で、機動隊の中隊クラスの人員で見張ってまして。
機動隊の方が良い双眼鏡をもってたのを覚えてます。
むこうは商売ですからね。

いまおもえば結構危ない場所なのですが当時は気がつかないまま
高みの見物をしていました。
晴れた日で、海に反射した日の光が降り注いでいました。

ひとはあまり見に来ていなくて。

  • NHKのカメラクルー
  • 反対派が数十人
  • そして酔狂な高校生が一人

現場は静かなものです。
とても原子力爆弾の材料を運んでいるようには見えませんでした。

日本政府はプルトニウムを奪われる!と心配をしていましたが
欲しい人は闇市場で買えるのだから、わざわざ取りにこないでしょう。
高校生の私がそういう風に考えていたことも、今思えば妙なものです。

当然外からは見えませんが、海保の特殊部隊の前身が船の中にいたようです。

反対派はピッピームーブメントの流れをくむ古くさいタイプで太鼓を叩いてました。
そんな物を松林越しに叩いてもどうにもならないよなと冷めた目でみておりました。

プルトニウム(輸送)|現代キーワードQ&A事典

どんな人が原子力を運用しているか。
東海村JCO臨界事故でよくわかりました。
作っている人達は実は身近にいる普通の人なのです。
プラントを作っているのも近所の人です。
電力会社の人も当たり前のようにその辺にいます。

優秀かもしれませんが、優秀じゃないかもしレません。
だから、普通の人なのです。
もしかしたら知り合いかもしれない。

そんな普通の人に「不可逆」なものを扱えるものでしょうか。

答えはおのずと出ています。できるわけがない。
再処理して一万年地下に埋めておかないとマズイ、30分横にいたら
死亡率百パーセントの黄色いドラム缶なるものがあります。

そんなもの、何世代にわたって保管できるとは思えません。

【推進派も普通の人】
高校時代に原発面倒だよねと言うと、同級生のWクンが
「でもうちの父が原発プラントを作っているので(原発が)なくなると困る」と言いました。

美しい親子愛に感動。

でもさあ「お前の都合は知らない」と思ったのであります。

むこうも私の意見なぞ知りたくもないでしょう。
このあたりから、日本男児がつくる組織というものに不信感を抱いています。
だって彼らが作ってるのだもの。

【東日本大震災】茨城・東海村、原発拠点が20時間停電 非常装置燃料漏れで – MSN産経ニュース
地震にめっぽう強い全面ガラス貼り。
そして美しいコンクリートタイル貼りの素敵な建物です。

オフサイトセンターと原子力緊急時支援・研修センター
地震や災害に強く、万一の停電にも準備も怠りません。

茨城県ホームページ>生活環境部>原子力安全対策課>いばらきの原子力安全行政
色味が変だ。

茨城県大洗町:原子力防災Q&A vol.4
大洗町は機能してました。行政をになう人次第なのでしょう。

JAEA大洗研究開発センター 施設供用の手引き|「常陽」の概要
「常陽」があるので、覚悟をしているのだと思います。

まあ、災害対策が「人」次第というのも恐ろしい話です。
誰がやっても同じように守ってもらえないと困ります。

大洗町の対応をみると、むしろ県が機能しなくてよかったのかも。
県や国に避難を仰いで、有識者会議の結論など待っていられません。

災害時必要なのは決定賢者が明確にいること。

県、オフサイトセンター、国、保安院、安全院など縦割り行政の中でうろうろする前に
バシッと町長権限で住民待避させて津波から救ったことは覚えておきましょう。

十三奉行のオフサイトセンターがバッテリーの液漏れで使えなかったことは
関係者がかわいそうなので忘れてあげて下さい。

私の住む街も、水戸市の軽ワンボックスがくるくる走り回ったおかげで
復旧が早かったように思います。

平磯町の懐かしい時代・・・旧那珂湊市平磯町/なぜ平磯と呼ばれるのか考察しアイヌ語だと結論した。
十三奉行は奉行を十三人処罰したためその名が付きました。嫌な理由だこと。
ページ下の地図をみると、水戸やひたちなかの低地が川底だったとわかります。
なるほど、地盤が弱いわけですな。

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