マラソン嫌いの直し方

マラソン好きで読書をしない人に読書をさせるには。説得方法を考えています。そのまま考えるのも芸がないので、読書好きでマラソンが嫌いな私がどうしたらマラソン好きになるのか考えてみて、その方法がそのまま敵に応用できるのではないかという仮説をたたてみました。

走るのが嫌いな理由

マラソンが大嫌いなので、走りたくありません。走ることに対する全般が嫌いです。走る為には嫌いな理由を解消するのがひとつですが明確な理由はありません。嫌なものはイヤなのです。嫌な理由を考えたくないくらいに嫌いなのです。

対策としましてはマラソンが楽しいと刷り込みを加えると走れるようになるかもしれません。この二面同時攻撃か、もしくはまた別の理由でうまくそそのかして騙して走らせるのが正しい方策のように考えます。

すべきは、反発を生む言葉

マラソンは体に良いから走るべきだ。楽しいから走るべきだ。なるほど、「べき」で言われると途端に反発したくなります。

同様に本は楽しい、読書は頭脳を明晰にするといっても読書が嫌いな人がそう簡単に本は読まないわけです。

マラソンは平らな場所を走るからつまらなそうに見えます。だからマラソンをしないのかもしれません。マラソン嫌いを脱するヒントがここにあります。もしかしたらクロスカントリーの下りだけならやってもいいかも。環境も重要です。車通りの多い場所では走りたくありません。茨城は脱硫装置がポンコツなヂーゼル車が合法的に走っている無法地帯なので、空気がとても悪いのです。私が子供の頃は国道はだいたいこんな感じでした。昔に比べればまだだいぶ空気もきれいになりました。
Mad Max 2 (1981) – Tanker Chase – YouTube

環境も大事

走るのは環境によるのではないでしょうか。海沿いの穏やかな街に生まれ育ったら私もマラソンをしたかもしれません。高円寺に生まれたらフォークギターを鳴らし下北沢で育てば小劇団に加わったかもしれません。すくなくもとマラソンをする環境にはなかったのでしないですね。読書をしているのはたまたまで、本が身近にあったからでこちらも環境と刷り込みだけ。本当に好きでやっているわけでもないのかなと、「趣味 読書」と書くのはそろそろ嘘かもしれないとも思い始めました。

最新のウエアや靴を買ったとして、私は走りません。走る理由としては足りません。走りたくない理由を削って減らして、走りたくなる理由と釣り合うようになったら、マラソンを始めるかもしれません。すくなくとも2014年度中はやらなそう。

苦手を克服するには

ひとつ上で書いた、好きと嫌いを天秤に掛ける方法が有効です。人は無意識に好きと嫌いの重さを量っているのではないでしょうか。嫌いなものを平気になったり、マズイと思っていた食べ物が年をとって食べられるようになるのはよくあることです。頭のなかのプログラムを書き換えるのに時間がかかりますが、マラソンが好きになる可能性はわずかですがあってそれは完全否定できるものではありません。いやなものほど脳内プログラムの書き換えに時間がかかりそうです。