沖縄の安倍帰れコールと岸信介

沖縄慰霊の日と安倍首相

沖縄の平和式典で首相が演説をしているときの警護員はたいそう緊張してみえます。ショルダーホルスターから抜き撃ちがしやすいようにジャケットの前のボタンが外れていたのは、きっと沖縄の暑さのせいね。

沖縄戦は悲惨すぎ

沖縄戦について調べたり観たりするのは避けてます。相当に悲惨なのです。県民の1/4が死んじゃってる。民間人を巻き込んだ地上戦の島です。1970年代まで日本では無かった島。あそこの徹底抗戦で米軍が懲りたから広島と長崎に特殊爆弾を落として上陸作戦はせずに済ませました。日本各地にいつでもあがれるように、戦時中に米軍は地図を作っています。
Japan City Plans – Perry-Castañeda Map Collection – UT Library Online
水戸の地図をみてみると、よくまああんな小さな小川の橋が木か石か鉄かまで調べ上げています。駐留時に使うというよりは完全に上陸して進軍する計画があったのでしょう。茨城ですと海岸沿いに機銃をおいて迎撃するつもりだったとか。いまの「ひたち海浜公園」のあたりは陸軍の土地でしたから用意はしています。ただ、制空権がなくなっていますので、海兵隊が上がってきたら押さえ切れません。

60年安保

米軍が駐留している原因の一端が安倍首相の三代前の岸信介にあります。右翼に刺された理由がよくわかりません。大野派の私怨が通説。
大野伴睦 – Wikipedia

安倍晋三祖父岸信介はなぜ刺傷? – Togetterまとめ
各種陰謀説と資料。

昭和毎日:岸内閣総辞職 – 毎日jp(毎日新聞)
お尻から太ももにかけて刺され二ヶ月の重傷。

児玉誉士夫とは何者であったか二十八 総理を刺す | 余多歩き – 楽天ブログ
当時自衛隊も居て警護に使いたかったのですけれど、絆創膏会見でおなじみの赤城議員のおじいさんが、ダメって。それで仕方なく政治家は秘書として右寄りの明治とか国士舘の学生を動員したり、右翼の青年を使ったりヤクザをボディガード代わりに使っていたと。それをみて更に左翼が反発して、岸内閣退陣、カタカナでないほうの池田勇人内閣成立に流れていきます。

岸内閣を倒した60年安保 – 突如として起きた市民の大爆発(丸山真男) : 世に倦む日日
全体の流れはこちら。
当時は本土に在留米軍の基地があり、揉め事の原因でした。孫もお爺ちゃん譲りで国会運営が雑ですが、三代前はさらに雑で、市民感情を逆撫でして国会周辺をデモ隊に囲まれてしまいました。

樺美智子が机の上に「明治維新研究」の本をおいたままデモで亡くなって、以後学生運動が過激な人と付き合いきれずにやめた人に分離して活動が鈍化していきます。

在留米軍は日本の右翼からすると嫌な物で、それが気に入らないから岸を指したという単純な構図でもなさそう。

福島瑞穂あたりの世代がやたらとデモに行きたがるのや、定年退職後の生き甲斐がデモみたいになっている人がいるのは、この60年安保のときの成功体験が忘れられないのでしょう。人生の先輩方はいろいろ荒っぽい。

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