文章上達法

文章の書き方はいろいろあります。

  • メモで構成を決める
  • 行きあたりばったりで書いて削る
  • 書くことで思考を展開する

私は一気に書いてそのままにしてます。あんまり直しません。

頭のなかの何かを吐き出すと満足します。文章の品質は低いままです。

ただ、書くからには読んでもらいたい。読んでもらうからには品質を上げたい。

では、文章を書くときに何もどうすればよいのか。

作文が苦手な人もいらっしゃいますが、私は量を書くことが苦にならない。「沢山書いて削る」が望ましい。もうちょっと考えた文章を作ると良くなるかもしれない。

よい文章を沢山読むと良くなる場合もあるし、ダメな文章をどうしてダメなのか眺めるのも上達の近道です。ダメな文章が読めなくなってきましたから、私もちょっとは見る目が育ったと思いたい。

本屋でとにかく本を買っていた若い頃は曖昧に読んでいましたけれど、いまは本を買うとき結構な時間をかけて吟味しています。

良い本は読みやすい。良い本は役に立つ。そして面白いこと。すべてを満たしてはじめて本を買います。めったに本はありません。

どの本を読んでいるのか恥ずかしいので書きませんが買わなかった本のことならかいてもいいか。

知的生産の技術 (岩波新書)
線の引いてある古本。蛍光ペンライン引き多数、書き込みあり。どこかの大学のサブテキストなのか。メモ書きの書体が全共闘時代のアジ文みたいでした。あれは直線が書きやすいガリ版から流れたフォント。

無料で商用利用も可能だが見る者を圧倒して威圧する「ゲバ文字フォント」 – GIGAZINE

狂気の沙汰も金次第 (新潮文庫)
筒井康隆のエッセイ。大学生が卒論で自分のことを取り上げてくれて、読んだら平岡正明だって。

幅を広げるために文庫本コーナーを眺めています。知的財産がどれも108円なのは驚異。図書館ならなんとタダ。皆さん本を読みましょうなんて雑なことはいいません。相性があって時代に合うか流行廃りがありますから、好きな本を読みましょう。なにせやすいのに高品質。書き手は文庫になるくらいだから一流ばかり。

沢山ある本をすべて読むには私は歳を取りすぎたので、いまは同じ本を覚えるほど繰り返して読んでいます。若い頃に買って、捨てなかった本は読めてなかった部分が多くて驚きます。

書評かや映画評論家のように年間500冊とか毎日3冊など沢山読んだら頭がよくなるのでしょうか。

本でも映画でもなんでも受けての思い入れが大切なのでは。量に頼って読み捨てる人にとって本は本じゃない、あれは紙の束なのではないか。

蔵書としてずーっと持っていたい本を「本」と呼ぶことにします。

「紙束」の出荷量が増えても「本」が減っているので、近くの新刊本屋に行っても私は「本」が買えません。私が悪いのではなくて、本屋に「本」がないから買えません。

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