団体競技は苦手でございます

あまりに寒く、意図して水分を取らないと体から水気が抜けてしまう。そのまま気が付かず数日過ごすと体調がおかしい。

体温を上げつつ水分補給をしてなんとか復活。本屋には行けず。夕方吉村昭 三陸海岸大津波で田老村の堤防の話を読んでいたら地震。おもわず待避路を確保。外が寒い。

アマゾンプライムに入ってサンライズ作品を観ようと誘われるも、蒼き流星SPTレイズナー以外、よくわからない。

学校の部活が問題になっている模様。

中高生には「部活」とは違う選択肢が必要だ | 学校・受験 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

学校の部活動――消え失せた「自主性」と「教育の論理」 / 内田良 / 教育社会学 | SYNODOS -シノドス-

一日サボると元に戻るに三日かかるので、1度はじめたら絶対に休んではいけません。部活は全員参加が基本で、部活をやりながら高校受験を頑張ろうという体育会の世界に閉じ込められておりました。多感で素直な中学生であったワタクシは悩んだすえに帰宅部に入り直します。オタクで帰宅部ということは、ワタクシの住む地域ではもう人にあらぬ扱いでございました。

私はいまでもスポーツがなんとなく嫌いであります。それは、中学校のスポーツに対する態度が嫌いなだけで、実はスポーツは好きなのかもしれません。茨城の、まだマシと思われた水戸市内の公立中学でさえ、当時は文化部は吹奏楽部しかなく、文化系への道は閉ざされました。もともと文化より体力を重んじる体質なのです。これは高校に入っても同様で、文武両道のようなスローガンが掲げられてました。武器の解説の文章を読むのであれば私も立派な文武両刀使いになれたのでしょうけれど、ココで言う文は学問、武は体育活動のことでした。

結局、体育会というか農本主義というか、体が資本なのね。

ファーストフードに居たら、なにかのプロスポーツ選手がいらっしゃいました。見た目でなんの選手か分らなかったけれど、素人にしては背中が厚い。家に帰って調べると、わたしが一番やらなそうな、高い場所の運動の方。オイラ文化系で文系で高いとこが苦手てなので高飛び込みとかそういうの無理。

先日筑波山に登って分ったのは、登山はちょっと楽しそうだけれど、場所が基本高所で、なにがイヤって挨拶が面倒臭い

私が好きな数少ないスポーツであるスキーにしても自転車にしても、基本他人と話さないで済むのです。天体観測も魚釣りもサイクリングも、基本一人で完結します。わたしにはその手が向いています。

ボールを持ってパスと言われたときに、パスをすべきかどうか、対人関係、力関係、試合の状況、採点者の評価などが気になってなにが正しいのか分らなくなります。ネタとして外すにはどうすべきかなんて考え出すと、まったくやりようが亡く、チームスポーツ全般が苦手。陸上短距離とかは平気。実はマラソンも行けるのかもしれません。

自転車オジサンは進化するとトライアスロンオジサンになると言う説があります。

おじさんの趣味をまとめた『おじさんの進化図』が話題!蕎麦打ちおじさん、自転車おじさん、バイクおじさんからハーレージジイへ… – Togetterまとめ

私は一人でどこかに勝手に行くのが楽しい。

昔、上岡龍太郎師匠が「ゴルフは訳が分らん」「マラソンなどする人の気がしれない」と仰った上でゴルフを始めホノルルマラソンも走りきった前例をみると、人は気になるスポーツはいちど否定するのかもしれない。私も師匠もきっとへそ曲がりで心の底から「やりたい」とは思わない論理構造になっているのであろう。

そうであるならば、私はもしかするともしかして「チームスポーツ」がしたいのか?

絶対イヤだぞ。