東大落城 安田講堂 40年目の真実

日テレの歴史再現番組でドラマ化されました。その感想とメモ。

「安田講堂事件」ドラマ化 : TV : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

彼らが立てこもった理由が今ひとつ明快ではありません。
立てこもった人も「夢みたいだった」と言うくらいですから、私がわかるわけもございません。

わからないなりに考察してみようと思います。

【時代背景】

当時はベトナム戦争がございまして、アメリカとソ連の押す政府が南北に分かれて戦争してました。そのときの前線基地が沖縄にありまして米軍がベトナムを攻めることに荷担していたのです。思想的にウブな若者にはこれが許せなかった。

そんな学生を取り込んで闘おうという活動が学生運動です。

学生の上には共産主義者というか、焚きつける人がいたようです。ドラマでたいそう格好良く描かれていた列品館の「ML派」はマルクス・レーニンのMとLです。 「革マル」は革命的マルクス主義で、「ベトコン」はベトナムのコンバット兵と思ってる方が多いと思いますが、ベトナムのコミュニストで「ベト・コン」なのです。

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【学生運動とは】

腕力に訴える平和運動」という矛盾をはらんでました。
学生運動をしたのは戦後の民主主義を学んだ世代。
一方大学側は戦中派以前の戦前派が仕切っていました。

これでは対立するわけです。

そのほかに大正デモクラシーで自由な雰囲気の中にいた人、大陸から命からがら引き上げてきた人、戦中に軍国主義に軽装したままの人、そして戦後民主主義で学んだ大学生。彼らが生まれて田舎では、世界はまだ封建主義のままだったり。

地方から東京に出てきてこの先どうしようと悩んだのが学生がベトナム戦争をみて何かしなければいけないと思ったのは当然のことかもしれません。

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【ドラマの小道具】

電話ボックスがでてきましたが、まんま、ドラえもんのヒミツ道具「もしもボックス」でした。他に資料は無かったのか?

テレビサイズなのにスタントを使ったり撮影に力が入ってましたね。見応えがありました。

学生にはヘルメット、ゲバ棒、タオルが必需品です。

ヘルメットは色やマークで所属を主張します。学生運動は左翼ですから、体育会系の右翼学生と闘うことがあります。そのときの防御としてかぶります。右翼学生は柔道空手部の部員等で構成されるためひ弱な一般学生には驚異でした。

ゲバ棒のゲバルト棒のことで、ゲバルトとは暴力行為のこと。

棒きれ1本に大仰な名前を付けなければ行けなかったようです。

他にニトロ、都市ガス火炎放射器、硫酸など。バリケードは「日大工兵隊」がつくります。日大工兵隊とは、日本大学理工学部の学生のことで構築が得意だったらしい。船橋から電車1本で来られるので重宝されたのかも。

「全共闘」という名前もわかりにくいですね。みんなで闘おうと言う意味です。そもそもばらばらの大学生同士が集まって闘うのが「共闘」ですからしかも集まった場所ではなしている内容がさっぱりわからん。「空間的」とかなんとかうわっついた身についていない難しいことばを無理して使ってるのが今見るとほほえましく感じます。当時は本気だったので笑ってはいけません。三島由紀夫の余裕ぶりと妙にマッチョの肉体に注目。

学生、警察とも死者が出て、運動自体はお祭りの高揚感で盛り上がれどその外と中の温度差は激しく、あの言葉では一般のその他大勢の人がついて行ったとは思えませんね。

【さらば革命的世代】(3)秋田明大「まだ何もしていない」 (1/4ページ) – MSN産経ニュース

1968年東大駒場祭ポスター – PukiWiki digital-momonga

樺美智子 – Wikipedia

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内閣支持率が10パーセント台のこの時期にわざわざドラマ化する日テレが好き。





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